嫉妬。 ~旅立ち~
同部屋のアキラは次の日バイトでも外泊して民宿に帰って来ない日が多かった。
民宿のおばちゃんにも伝えていない事が多くてアキラの夜ご飯をタッパーに詰めて次の日の僕の昼ご飯になっていた。2食同じご飯はちょっと辛かった。
松岡さん『お前アキラと同部屋だから連帯責任な(笑)』
そう言いながら松岡さんはチキン南蛮弁当を食べていた。アキラはバイトには来ていたがフロアが違うので休憩所も別々で現場で会う事もあまりなかった。
相変わらず僕はカナちゃんと電話したりご飯を食べに行ったり店にもたまに顔を出していた。
ジュンコに電話する事は格段に減っていた。
そんな生活をしていたある日
夜中に電話が鳴った。一瞬お店上がりのカナちゃんだと思いトキメいた。
違う。ジュンコだ。
夜中だったし寝てたって事にして出ないって思ったがジュンコがこんな夜中に電話する事は珍しかったので出る事にした。
『もしもし。』
自分でも驚くほど不機嫌そうな声で出てしまった。
ジュンコ『ごめんね…寝てたよね…』
ジュンコは泣いていた。
僕『どうした?何かあったの?』
いつも明るいジュンコが泣いているのは衝撃的だった。
ジュンコ『お店辞めたい…』
ジュンコはお客さんから口説かれたり嫌なお客さんにも笑顔で対応する事に耐えられないって言った。
ジュンコ『それにさ…触られるの…』
僕『えっ!?何を??』
ジュンコ『胸とか…お尻とか…』
僕『…とか?』
ジュンコ『下も…』
ジュンコがまた泣き出した。
クラブってそんな所なのか?
田舎のクラブなので土建業の上の人達が多いらしく店で一番若いジュンコは立ち上がればお尻を触られ隣りに座れば千円札を胸に挟んで触るらしい。
下の時は5千円札を股に挟んできて触るらしい。
僕は凄くやるせない気持ちになった。
だけど沖縄にいる僕はどうする事も出来なかった。
その日はひたすらジュンコを慰め頭に浮かんだ優しい言葉を全部言った。
ジュンコ『ごめんね。ありがとう。』
電話切った後、僕はタバコを吸いながら自分の事を考えた。ジュンコが悩んでいる時に僕は忙しいって嘘をついてカナちゃんと遊んだり電話で話ていた。
カナちゃんとは体の関係がなかったのでジュンコに対してこれまで罪悪感を感じていなかった。
だけど泣きながら僕に話てきたジュンコが急に恋しくなった。
沖縄に永住する事を真剣に考えていた僕は沖縄に来てから初めて帰りたいと思っていた。
その日から僕は何をしても手に付かない状態だった。
僕はこのまま沖縄にいたらカナちゃんと付き合う事が出来ると思っていた。
カナちゃんは僕に付き合う前の楽しい時間のような接し方をしてくれているが『好き』『付き合って』っていうような核心に迫るような事はしなかった。
多分自分の気持ちをやんわり伝えて彼女のいる僕に『どうするの?私は好きだよ』って伝えていたんだと思う。
この時僕は本当に悩んだ。
まだウブだった僕はどちらとも上手く付き合って現場が終れば何事もなかったように帰るって事は出来なかった。ただジュンコにはカナちゃんの事は沖縄に残るなら伝えようって思っていた。
僕がしていたバイトの第一陣はもうじき帰る事になっていた。第二陣は2ヶ先に帰る予定だった。
僕は第二陣に残りその間に仕事を見付けて沖縄に永住する事を考えていた。
そんな時にジュンコからの電話で帰るか?沖縄に残るか?悩んでいた。
沖縄の次の現場は熊本で僕の地元と同じ九州だった。
しかし帰ってから次の熊本に乗り込むまでに何ヵ月か開くらしくそれにも悩んだ。
第一陣で帰ると最低2ヶ月はバイトが無いのだ。
社員の人達は沖縄から帰った後に書類の整理や次の熊本の準備をしてそれから僕らのバイトが始まる。
単発的に仕事があるようだが毎日では無いので不安だ。
高校在学中に内定をもらっていた会社は入社式の前に倒産して高校を卒業してから僕はフリーターだった。
周りにフリーターの友人もいたがしっかり仕事している友人には後ろめたさを感じていた。
よし!帰ろう!
僕は松岡さんに第一陣で沖縄から帰る事を伝えた。
そしてカナちゃんの店に行きカナちゃんにも帰る事を伝えた。
カナ『寂しくなるね…』
そう言われただけで後はいつものカナちゃんだった。
でもなにか二人に壁が出来たような感じがした。
僕はそれからカナちゃんに電話する事もなく店に行く事もなくなった。
沖縄から帰る前日カナちゃんがいるスナックで送別会が開かれた。長い人は2、3回帰っただけで2年近く沖縄にいた人もいた。僕は半年間の滞在だったが今でも沖縄が大好きでたまに沖縄を離れた事を後悔している。
送別会でカナちゃんと話がしたかったがカナちゃんは離れた所に座っていて最後まで話が出来なかった。
僕はたいして強くないのになんだか酔いたくて勢いに任せて飲んだ。
店から帰る時カナちゃんは先輩社員達とバグしていた。
代わる代わるバグしていたカナちゃんに嫉妬したが酔っぱらった僕でもカナちゃんとハグする勇気はなかった。
皆んなの輪をすり抜けてタクシーに乗り込もうとした時にカナちゃんが僕の腕を掴み引寄せた。
そして僕の手に小さな紙を握らせてきた。
カナ『サヨナラは言わないから(笑)』
僕は無くさないようにカナちゃんからもらった小さな紙を財布に入れた。
次の日。
二日酔いで辛かったが乗り合わせて空港に向かった。
アキラは第2陣で帰る事にしてあと2ヶ月沖縄に残ると言っていた。その間に沖縄で仕事見つけて沖縄に住むって言っていた。この前までの僕と同じだ(笑)
僕と違うのは母親と二人暮らしの女の子の所に転がりこんでいた事だ。
懐かしさも感じる那覇が見えてきた。
この街で僕はキャバクラやランジェリーパブ、ソープランドと夜遊びのスキルアップを果たした思いでの場所。
楽しかったなぁ。急に寂しくなってきた時にカナちゃんからもらった小さい紙を思い出して開いてみた。
『雪を見せてくれる約束ずっと忘れないからね。
きっとまた会えるよね?』
その下には住所も書いてあった。
あぁ帰りたくない。
ジュンコに会える楽しみより沖縄を離れる辛さが勝った。もう後戻り出来ない。
サヨナラ沖縄
カナちゃんとは3年くらい適度な間隔で手紙や誕生日のプレゼント、ご当地の特産品を送りあったりしました。
たまに電話して話したりケータイにメール機能が付いた時にはメールも送っていました。
僕がメアド変わりましたってメールした時にカナちゃんからは『苗字変わりました』って返信がきてビックリ。
僕は3ヶ月くらい新婚の人妻とメールしてたんです。
それから僕から連絡する事はなく自然消滅しました。
約束の雪を見せる事は出来ませんでした。